フルーツシャンティ

第07回 2003年度 受賞作品
最優秀作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:洋菓子販売店勤務

記事(紹介文)

 「聞いてよ! おばあちゃんの話」。
帰宅した直後、私が姉に発した最初の言葉です。当然ながら姉は、「何? 誰?」と聞き返してきました。
 これはある商品と、お年を召した1人のお客様のお話です。私が接客業に就いてからよく見かけ、印象に残る素敵なお客様がいらっしゃいました。そのお客様はいつも同じ商品を買っていかれるのです。
 ある日、お客様がいつもと同じ商品を注文した時、私に話しかけてきました。入院中の旦那様が「これが食べたい」と言うので、毎度その商品を病院に届けているとの事でした。何でいつもこればかりなんだろう…、新商品も発売されたのに…、などという考えを心の中に秘めていたのですが、初めてお客様の事情を知り、ただの販売員としてではなく、ほんの少しだけ親身になってそのお客様と旦那様のことを思うようになりました。日々、何十人、何百人と接しているのですが、そのお客様は私の中で気にかかる存在となったのです。
 あんなに頻繁にご来店頂いていたお客様を全くお見かけする事がなくなり、どうしたのかな、と心配する気持ちや、でもきっと私の休日に来店され、あの商品を買ってくれているのだろう…、と両極端な気持ちを抱いていました。それから3ヶ月以上の月日が流れ、その期間に商品の販売が終了となってしまったのです。その矢先の事でした。お客様が突然御来店され、私は嬉しさと喜びに満ちて、いつもより何倍も何十倍もの笑顔で「いらっしゃいませ」とお迎えしました。
 「お元気でしたか。随分お見かけしていなかったものですから心配しました。旦那様の容体はいかがですか」と話しかけました。するとお客様は、私以上に優しく暖かい眼差しで「3ヶ月以上も前の事なのに覚えて下さったの。嬉しいわ」と答えて下さいました。その後お客様のお話を伺うと、旦那様は1週間前にお亡くなりになったとの事でした。その日も以前と変わらず、あの商品を探し回り、「今日も買いに来たの」と。私がその商品の販売が終了した事を伝えると、残念そうに他の商品を購入して帰られました。
 「とんでもない事を聞いてしまった」と自分の身内のように悲しくなり、旦那様のご冥福をお祈りしました。最愛の夫を亡くした悲しみと、亡き夫の大好きだった商品が販売終了になったという、想像を絶する切ないお客様の想いが私の心を打ちました。小さなお客様の背中に向かって、「またいつでもお待ちしています」と心の声で大きく叫んだ私がいました。
 その後、商品がない事のショックもあったのでしょうか。お客様をお見かけする事がなくなり、心配と不安でいてもたってもいられない思いで顧客課に住所を調べてもらい、最後に見た小さな背中を思い浮かべながら手紙を書いたのです。内容はいたって簡単に、堅苦しくならないように仕上げました。
 ポストに投函した2日後、職場の人から1通の手紙を渡されました。差出人は、そう…あのお客様からだったのです。内容は、店や商品の事ではなく、しばらくお見えになっていなかった理由で、他界した旦那様を想う悲しみを紛らわすように各地を旅行していたとの事でした。その手紙を読んで、一店員と一お客様との付き合いだけなのにお返事を頂けるなんて、とても嬉しく思い、普段より活力が出ました。接客業をやってきて本当に良かったと心から思える事ができたのです。
 たったひとつの商品の重み―。
 何気なく作られ、何気なく陳列され、何気なく販売員から購入する、ただそれは一連の流れにすぎない事ですが、お客様にとってそのたったひとつの商品の中には、かけがえのない想いがぎっしりと詰まっているのだと考えさせられました。
 今後、販売予定のない「フルーツシャンティ」は、私とおばあちゃんの心の中で今も輝き続けています。月に一度は必ず新しい商品がケースに並びます。これからまたその商品を目当てに御来店されるお客様が何人もいるのでしょう。新しく生まれた商品と、その商品に出会ったお客様との間に、今日もまた新しい物語が生まれるのです。

タグ(関連キーワード)

コンセプト 審査委員長紹介 お問い合わせ 日本専門店協会サイト プライバシーポリシー
Copy right (c) Japan Specialty Store Association All Rights reserved 2009