一期一会のおもてなし

第01回 1997年度 受賞作品
入賞作品
作者名:石塚晋司
所属企業:㈱新星堂

記事(紹介文)

 
 その店員さんは、50代半ばの方だった。子供相手の仕事だったが、表情も言葉遣いも応対も本当に優しく丁寧で、会計待ちの長い列もまったく苦にならなかった。「お待たせ致しました」会計の後に両手で差し出した紙包みは光を放っていた。その店員さんも輝いていた。私には間違いなくそう見えた。
 私が接客販売の本質(らしきもの)に気づいたのはそのときだった。それは三年前、この仕事に就いて12年目の春だった。入社して初めて配属になった店は都心の繁華街にあった。
夜半まで営業ということもあり幅広い顧客層を応対する忙しい店だった。
 当然、会社の販売コンテストやセールの類では、接客機会の多さで時折上位に名を連ねる事もあった。もちろん仲間のフォローや協力があってのことだが、自分なりに応対や会話の工夫、知識や技術の習得に努めていたことも事実だった。
 半面、セール実績だけが自分の能力や力量の現れと錯覚し、接客の際、打算や駆け引きを心の内に持っていたことも事実だった。お客様の要望にどれだけ応えられたのかを測る間もなく自分のペースに巻き込み、そしてある種、会話のテクニックのみでお買い上げいただくこともしばしばだった。もちろんそれは情報提供、提案であり、喜んでいただけることも多かった。
 しかし、幾つか店を経験するうちに〈大切なのは、満足いただけたかどうかなのだ〉〈大切なことは、息の長いお付き合いなのだ〉「買わせていただいてありがとう」「お買い上げいただきありがとうございます」という心の在り方なのだ。〈売買だけではない。「お世話になりました。ありがとう」「ようこそお越しくださいました」という縁を大切にする心なのだ。それが根底になくて何ができるというのだ〉。いつしかそう感じ始めていた。〈仕事をしているのではなく、人間らしい営みを修得しているとは言えないか〉。極端な言い方をすれば〈店とは人間を磨く小さな道場のひとつではないのか〉とも考えていた。
 事実、店とはそういう存在だった。子供たちが店員のまねごとをしていた時代、世の中は今よりも少し良かったのかもしれない。マニュアルや型よりも心の真似をしようとした時代だったようにも思える。周りの全てが師だったのだろう。店員はおもてなしの心の表現者だったのだろう。〈一期一会〉の精神が信頼関係を作り上げていた。接客業が近年、〝人間関係処理業〟とも言われるゆえんであろう。
 その店員さんから品物を受け取った子供たちは付添いの親たちに促されたわけではなく自然に挨拶をした。私も、自然にその言葉が出た。「ありがとうございました」。

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