凜として美しく

第07回 2003年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:婦人服販売店勤務

記事(紹介文)

 
 夏のうだるような暑さがようやく過ぎ去り、虫の声とともに心地よい秋風が頬をかすめる、私の最も好きな季節が到来したある日のことでした。店内は秋色の落ち着いた色彩にあふれていて、その中から好みの商品を鏡の前であててみます。こんな楽しみを、私はいくつのときから味わってきたことでしょう。
 その老婦人は娘さんに付き添われてご来店されました。年は80歳をとうに過ぎたくらい、腰もだいぶ曲がっていて、顔や手には年輪を感じさせる深いしわが刻まれていました。本人の希望で、お孫さんの結婚式に出席なさりたいと、スーツをお探しのようでした。娘さんはなるべく楽に着られるものを御希望でしたので、私はデザインよりもまず楽なものをと思い、ウエストが総ゴムのものや、さっと着られるようなものを数点持って行きました。(結婚式に出席されるとしても、もうお年だし、そんなにおしゃれっぽくなくても楽なものであれば…)と心の中で思い、お色の好みなどもお聞きしませんでした。
 普通結婚式用のスーツと言えば、高額商品が売れるチャンスでもあり、お色の好みやデザインの細かいことまで、お客様からお聞きして、何とかお客様の好みに合う商品を見つけ出し、販売までこぎつけようと努力するのですが、その老婦人の場合は、日も迫っていることだし、サイズがあって楽に着られればお買い上げ下さるだろう、と安易な気持ちがありました。また、大変失礼なことですが、お年ということで、私には女性という意識があまりなかった気がします。
 「おばあちゃん、こっちの方が楽よ」と娘さんが言うと、その老婦人は、「でも、わたしはこっちの色が好きだよ。上着の丈も、もう少し短い方がいいし…」。その言葉を聞いた時、私はまるで水でもかけられたように、ハッとしました。この老婦人はたとえ腰が曲がっていても、まだまだ女性としてのおしゃれ心は失っていない…。
 それからの私は老婦人にお好みをいろいろ伺って、最終的にライトグレーのモダンなパンツスーツをお買い上げいただきました。お見送りする時には、腰の曲がったその老婦人が凛としていて、来た時とは別の人のように私の目に映りました。
 女性として生まれ、いつの頃からかおしゃれ心が芽生え、私の人生も半分来てしまいました。鏡の前で素敵な洋服をあて、ウキウキする気持ちはいくつになっても失いたくないもの。これからますます高齢化社会になっていく世の中で、多くの女性が美しく年を重ねていくためのお手伝いができたら…。いくつになっても、凛として、美しくありたいものだと思います。

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