年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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第07回 2003年度 受賞作品
入賞作品
作者名:工 彩子
所属企業:㈱ワシントン靴店 蒲田店

記事(紹介文)

 
 私が日頃からお店で扱っている靴はどれも皆素敵である。一足一足それぞれどこかしら魅力的な部分がある。というと言い過ぎかもしれないが、やはり毎日眺めていると愛着が出てきて親バカ的な感情が湧いてくる。
 まだ私が新入社員のころ、そんな靴の中でも私がとりわけ気に入っている靴があった。それは最もきめが細かいといわれる馬のお尻の部分の革を使ったお店で一番高価なものであった。革の色合い、ツヤ、質感…。どれをとっても申し分ない程素晴らしい。自分のお気に入りの靴となると、接客をする際も力が入る。この靴がどんなに素晴らしいか、一人でも多くのお客様に分かってもらいたい。しかし、その高価な値段のせいか、そう容易には販売に結び付かなかった。(その値段を出す価値はあるのになあ…。)私は心の中でそう思いつつ、自分の販売力の未熟さにもどかしさを感じていた。
 そんなある日のこと、杖をついたお年寄りが奥様らしき方につき添われてご来店された。「とりあえずいろいろ履かせてください。」奥様がそう言い、お二人は店内の椅子に腰掛けた。「こちらとこちらのサイズを出してくださる?」「かしこまりました。」2点ほどサイズをお出しして、ためし履きをしていただいた。「どちらも悪くないね。」お年寄りがそう言うと、「じゃあこれとこれも履いてみれば?」奥様がさらに2種類を指差した。そのうちの1種類はあの私の一番気に入ってる靴だった。どちらもサイズをお出しし、いよいよあの靴の出番となった。足を入れてしばらくお年寄りは黙っていたが、それから「この靴は何の革を使っているの? 靴の裏の素材は? どれくらい持つの? 修理はできるの?…」と様々なことを矢継ぎ早に質問された。
 そして、最後にこう言われた。「この靴は何色なの?」その時、私は初めて気が付いた。そのお年寄りは目が不自由だったのだ。「深みのある若干赤みがかったこっくりとしたダークブラウンでございます。」 私は質問のひとつひとつにゆっくりと丁寧に答えて差し上げた。このお客様に、どうしてもこの靴の良さを分かっていただきたかった。あらかた質問に答えて差し上げた後、男性は「あなたが今おっしゃった事はこの靴を今実際に履いているからこそ実感できる。大変履きやすい。素晴らしい靴ですね。この靴をいただきましょう。これが人生最後に買う靴になるだろうからね。」とおっしゃった。
 その言葉を聞いた時、私は思わず涙が出そうになった。ある種の達成感のようなものを感じ、また同時に気持ちが高揚していった。「いろいろと親切にありがとうございました。」そのお客様は奥様に支えられて店を後にした。杖をコツコツと鳴らしながら。
 今でもあの靴を手に取る度に、あのお客様のことを思い出す。

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