年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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ケーキ職人の想い

第08回 2004年度 受賞作品
優秀賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:一般

記事(紹介文)

 
 子どもの誕生日にはケーキを買ってろうそくを立てて・・・というのは親になった時からの私のささやかな楽しみだ。娘が確か五、六歳の時だったと思う。来週の火曜日は誕生日。そう思ってケーキ店に予約の電話を入れた。
「申し訳ございません。火曜日は定休日なんですが・・・」
えーっ! そんなことって・・・。私の心は急にしぼんでしまった。二の句が継げない。
「少しお待ち下さい」。
何をどう待てばいいのか? やがて電話の奥から花のような声が聞こえてきた。
 「店は定休日ですが入り口を少し開けておきますのでケーキを取りにおいで下さい」。どういうことなんだろう…。なんてことまでは考えられないほど嬉しかった私は、受話器の向こうで微笑んでいるであろう天使に頭を下げていた。
 火曜日が来ると、私はケーキを受け取りにケーキ店の前を歩いていた。入り口に着くと〈定休日〉の札が私を弾いた。私のためだけに用意された入り口の隙間を通り抜け、店に一歩足を踏み入れた途端、そこに漂っている静けさと暗さに、入ってはいけない所に入ってしまったような気まずさを感じた。戸惑う私。シーンとした空気。そこで私の目に飛び込んできたのは、店の奥の厨房で一人ケーキを作っているらしい白衣の男性の姿だった。後ろ姿からはその人が心を込めてケーキを作っている空気が伝わってきた。
 私にはやっと総てが飲み込めた。定休日のその日、この人は休みの日には着なくてもいい白衣を着て、点けなくてもいいオーブンを暖め、粉を捏ねていたのだ。たった一人の子どもの誕生日を祝うために、たった一つのケーキを焼くために、たった一人で…。不思議だ。会ったこともない私の子どもの誕生日を祝い、その命を丁寧に大事に扱ってくれているようにさえ思えてくる。定休日の日にケーキを取りに行くという、この出来事の奥にあるケーキ職人の想い。それがはかり知れない分、夢は拡がる。自分の作ったケーキを喜んで待っている人がいる。そのケーキを前にして胸がいっぱいになる人がいる。ケーキを人に贈ることを楽しみにしている人もいる。自分の作ったケーキがその時初めて創ったケーキに変わる。
 「お待ちどうさまでした」。
厨房から大事そうにケーキを運んできたその人が、私には微笑んでいるように見えた。今日は私の子どもの誕生日だけど、この精魂込めて創り上げたその人のケーキは、まるで職人の子どものように愛らしかった。二つの「誕生」が重なり合ったようで嬉しい。
 パティシエという言葉はあるけれど、私はケーキ職人とその人を呼びたい。職人のいた厨房の窓から、午後のまぶしい光が入ってきていたのを今でもあざやかに覚えている。

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