年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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お客様の支えで

第08回 2004年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:婦人服販売店勤務

記事(紹介文)

 
 販売の仕事を始めて以来、今はベテラン店長と言われるほどの年月が経ちました。この15年の間、たくさんのお客様に支えられて続けることができたのだと思っています。その中でも忘れられない思い出があります。それは、私が店長になって初めての冬のことでした。
折からの寒波で長野は前日から雪が降り始めていました。昼を過ぎるころには風も出てきて、道路は雪に埋もれ人影もありません。こんな日に洋服を買いに来てくださるお客様は考えられません。館内もガランとし、ただ風の音だけが響いています。(どうしよう…)このままだと今日の売上げはありません。気持ちばかり焦ります。館内では、悪天候のため、早じまいをするという話も出てきました。外の雪を見ながら、ただ時間だけが過ぎていきます。その時、先日あるお客様が「このコート、安くなったら買ってもいいかな」とおっしゃった黄色のカシミアのコートに目がいきました。私は迷わず、そのお客様に電話をかけ、コートが安くなったこと、そして店にいらして頂けないかとお願いしました。
 「こんな日に嫌よ。明日行くから」と言われ、それでも何とかお願いできないかと懇願すると、「持ってきてもらえたら、買うわ」と言われました。私はすぐコートを大事に包み、夕暮れの外に飛び出しました。もう夢中です。大雪の中、お客様に教えられた道を、雪に足をとられながら家へと向かいました。お客様の家に着いた時、「本当に来たの」とあきれて、笑っていらっしゃいます。それでも、家の中は暖められ、私のために熱いコーヒーを入れて下さいました。無事にお買い上げ頂き、来た道をたどりながら、うれしくて寒さなんて忘れてしまいました。今日の売上げができた! そのことでいっぱいだったのです。前任の店長に、プロとして当日の売上げゼロだけは出してはいけない、一番恥ずかしいことだ、と教えられてきました。一日に一度、必ずチャンスはある、そのチャンスをものにするのは自分自身だと…。
 けれど、お客様にしてみると、明日で良かったのです。私の都合だけで、無理に家に押しかけ、コートを買って頂いたのです。そのことに気付くと、自分自身が恥ずかしく、心苦しくなってきました。お客様の思いやりが胸にしみ渡り、部屋の温もりと、それ以上にあたたかいお客様の心の温もりを感じたのです。後日、店にそのコートを着てお客様が見えた時、先日の失礼をお詫びする私に、「気に入っているのよ。このコート持ってきてもらって良かった」。笑って、そう言って下さいました。胸のつかえがとれた気がしました。
 あれから何回も冬を迎え、雪が降る度にこのことを思い出します。私の仕事は、お客様にお買い物をする喜びと、夢と満足を与えること。そして心を込めて一生懸命接客をしなければ、日々の数字を生み出すこともできないと知りました。15年前のがむしゃらだった頃とは違う、もっとお客様に寄り添い、心の通い合う接客を目指していきたいと思っています。

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